山猫が見た世界

生息地域:東京、推定年齢:40歳前後、性別:オス

映画:「あの日のオルガン」


別の作品目的で映画館に赴いたところ、ポスターの雰囲気とタイトルが妙に気になり、ほぼ予備知識ゼロのまま鑑賞しました。こうふうに直感的に飛び込み鑑賞するときは、良い作品に遭遇する確率が高いものです。果たして、本作も素晴らしい映画でした。

第二次世界大戦末期の1944年。東京のある保育園の保育士たちが、幼い園児たちを戦火から守るために、子どもたちと一緒に埼玉の片田舎の寺に移り、疎開生活を始めるという実話を元にした物語。若い保育士たちは、親元を離れた子どもたちの不安や自らの心身の疲弊、そしていつ終わるともわからない戦争の恐怖に苛まれながらも、一人の犠牲者も出さずに遂に終戦まで耐え抜きます。

若い保育士たちは、考え方も個性もバラバラ。特に鍵になっているのが、戸田恵梨香さん演じる保育士のリーダー・楓と、大原櫻子さん演じる駆け出し保育士・光枝という対象的な二人です。楓が、戦争の恐怖と子どもたちの保護者としての重圧に押しつぶされそうになっているのに対して、天真爛漫で物事を深く考えない光枝は、戦時中であろうが疎開先であろうが関係なく、子どもたちと一緒にオルガンを弾いたり歌をうたったりして楽しそうにしています。

本作が面白いのは、この異なる個性のぶつかり合いを全面に出しつつも、どちらに対しても決して否定的な目を向けないところです。いろいろな人間がいて、いろいろな感情があって、それらは互いに否定も肯定もせずに現実世界で併存している。それは戦時中でも変わらないのだ。そういったおおらかな目線から、人間の脆さと強さが平等に描かれていると感じました。より視覚的に言えば、戦争という灰色の背景の上に、様々な色を乗せて書いた淡い色彩の絵のような作品だと思いました。

大原櫻子さんは歌手だと思っていましたが、最近は役者としても活躍されているのですね。そのほっこりとした独特の雰囲気と、オルガンを弾いたり歌をうたったりするシーンでのさすがの表現力の(良い意味での)ミスマッチが、ともすると地味になりがちなテーマの作品に華やかさと深みをもたらしているのは間違いないと思います。

矛盾や葛藤を抱えて苦しんでいるという方、ちょっと映画館に行って戦時中の疎開生活の様子を覗いてみませんか。戦時中でも現代でも、私たちが直面している問題は実はあまり変わっていないのだと気づくと、案外気が楽になるかもしれませんよ。