山猫が見た世界

生息地域:東京、推定年齢:40歳前後、性別:オス

映画:「グリーンブック」(Green Book)


2018年度のアカデミー賞作品賞の受賞作。黒人差別が色濃く残る1960年代のアメリカを舞台に、出自も個性も正反対の二人が旅を続ける中で友情を深めていくロードムービーです。

ピアニストのドンは、ジャマイカ系でありながらヨーロッパでクラシックピアノの英才教育を受けたエリート階級。富裕層や政治家とも交流のあり豊かな暮らしをしていますが、その実、家族も親しい友人もおらず孤独を抱えて生きています。一方、ドンのボディガード兼運転手を務めることになったトニーは、低所得層のイタリア系移民の出身。教養は低く生活は質素であるももの、家族に囲まれて毎日陽気に生きています。このような二人が、2ヶ月に渡るコンサートツアーに出ることから物語は始まります。

タイトルにもなっているグリーンブックというのは、当時実際に発行されていた黒人旅行者が利用できる宿泊施設をまとめたガイドブックの名前だそうです。ここからもわかるとおり、本作は、当時のアメリカの黒人差別問題の現実を描き出すことを1つのテーマとしています。

作中で主人公たちが遭遇するのは黒人差別だけではありません。ドンはエリート階級に所属していることから黒人社会の中でも異質な存在として行き場を失っています。また、トニーもイタリア系移民の出身でアメリカの白人社会の中でもマイノリティです。二人の行く先々には、民族差別や階級差別、さらには性的マイノリティ差別といった様々な社会の矛盾がもぐら叩きのように次々と登場します。

ですが、二人の様子はどこかあっけらかんとしていて、繰り広げられるやりとりは軽妙そのもの。時に感情を爆発させることはあっても、決して悲壮感は無く、むしろ社会の矛盾を厭わず自分らしさを貫く姿勢には清々しさすら感じます。それもそのはず、監督は、コメディを主戦場とするピーター・ファレリー(Peter John Farrelly)。「メリーに首ったけ」(There's Something About Mary)が有名ですね。

チャップリンの映画がまさにそうでしたが、テーマや時代背景の重さとその対極にある軽妙さを融合させてエンターテイメントにしてしまうというのは、まさに映画ならではの醍醐味ですね。一本調子のドキュメンタリーよりもかえって深く心に刺さるものがあります。アカデミー賞作品賞の名に恥じない名作だと思います。