山猫が見た世界

生息地域:東京、推定年齢:40歳前後、性別:オス

映画:「マチネの終わりに」

平野啓一郎さんの原作を読んで圧倒され、映画化の発表に触れてどんな作品になるのかと憂慮し、福山雅治さんと石田ゆり子さんという主役の配役を聞いて大きな期待に変わり・・・と、個人的にいろいろな思い入れを持って待ち望んでいた本作の公開。公開を待ちわびている間に「自分ならこう撮る」という映像のイメージを脳内でたっぷり熟成させており、ちょっとした答え合わせをする感覚で映画館に足を運びました。

福山雅治さんが演じる世界的なクラシックギターのギタリストと、石田ゆり子さんが演じる国際派のジャーナリスト。40歳を過ぎ人生の後半に差し掛かった二人が、たった数度の出会いの中で恋に落ちるという物語です。詳細については、以前掲載した原作についてのレビューを御覧ください。

原作は重厚な筆致による心理描写が持ち味でしたので、これを映画で再現するのは難しいのでないかと思っていましたが、なかなかどうして、原作の雰囲気を保ちつつもオリジナリティのある素晴らしい作品に仕上がっているではないですか。錯綜する物語の中から思い切って情報量を絞り込んでエッセンスを抽出し、その分、映画という表現手段の特徴を最大限に生かして、一つ一つの場面を丁寧に描いているのがとても心地よく心に響きました。

例えば、主人公の二人が別々の場所にいながらもほぼ同時に真相を知り、激しく動揺する場面。手に持ったガラスのコップを叩き割りたい衝動を抑えて、そうせずに一人慟哭する。恋敵である眼前の女性に対してコップの水を浴びせたくなるのをぐっとこらえて、年長者としての助言を送る。衝動的な感情と理性のせめぎ合い。こういった心の葛藤を、映像と音声・音楽を併せて繊細に表現しているのは見事でした。水が入ったガラスのコップというキーアイテムで、ニューヨークと日本の場面を繋いでいるのも面白い趣向ですよね。

主演の福山雅治さんと石田ゆり子さんは、これ以上無いくらいに役柄に(もっと言うと作品全体の雰囲気に)ぴったりはまっていました。自分の脳内で熟成させていたイメージと対比しながら観ていると、特に感動的な場面でもないのに「ああ、そうやって演じるのか!」と心を打たれて自然と涙が流れてくることもありました。数学の問題について自分が解いたよりも遥かに美しい解法を見せられて鳥肌が立つ、あの感覚です。三谷マネージャー役の桜井ユキさんのメリハリのある演技も、文句無しです。

全体として、作品の随所から、制作陣の原作に対する深い愛情と良い映画を作りたいという執念がひしひしと伝わってきました。こういう作品に接すると、日本映画の底力を感じますね。できるだけ沢山の人に観ていただきたい素晴らしい作品です。