山猫が見た世界

生息地域:東京、推定年齢:40歳前後、性別:オス

映画:「ミス・アメリカーナ」(Miss Americana)


Netflixオリジナルの、アメリカを代表する女性ミュージシャンであるテイラー・スウィフト(Taylor Swift)を主人公にしたドキュメンタリー作品。アメリカを代表するアイコンでなければ使うことが許されない作品名ですね。実際、若くして国民的な、世界的なスターとなったテイラーの成功の軌跡と、その過程で彼女が直面していた内面での葛藤が描かれています。

物語は終始、彼女自身のナレーションによる一人称の物語として語られます。13歳からつけていたという日記を読みながら、常に「good girlになる」「正しいことをする」ことを目標にしてきたと打ち明けます。その言葉が嘘偽りのないものであることは、その後に続く膨大な量の映像(よく編集したなあというくらい数多くの映像が出てきます)からしっかりと伝わってきます。常に自分の理想像を高いレベルに設定して、それに向けてストイックに努力するのが、彼女の生き方なのですね。

もちろん、楽曲シーンも豊富。日々の生活の中で生じるふとした感情の揺らぎを見逃さずに機敏に音楽に変化させ、さらにそれらを最も精緻な形で作品に昇華させて、そして、数多くの人に届ける。私は彼女の楽曲そのものやアーティストとしての評価には疎いのですが、ステージでのパフォーマンスだけでなく、裏方での楽曲づくりの様子もふんだんに挿入されていて、楽曲のシーンも十分楽しむことができました。本当に、音楽を紡ぎだすために生まれてきたのだと思わせてくれます。

しかし、やがて国民的な人気を獲得してスターとして扱われるようになると、大衆が求めるイメージがどんどん肥大化し、本来の自分自身との間の隔たりが広がってきます。テイラーのような自己意識の強い人間が「なんとかなるさ」と気軽にやり過ごすことができるはずもなく、一人の人間としてどのような形で折り合いを付けていくのか激しく悩みます。長年に渡る葛藤の末、彼女は、自分の内なる声に忠実に従い行動に移すことを選択しました。政治的な意見を公言し、また、そういったメッセージを込めた歌を歌うようになります。

このような選択に対しては、当然、批判も大きいでしょう。彼女のことを「一言多い」「お騒がせセレブ」のように見る向きもあるようですし、そのようなイメージを好転させるためのツールとして本作が作成されたという意見もあるようです。ただ、このあたりはアメリカ社会の複雑性や世論の動向などを知らなければ理解できませんので、あくまで一人の人間の半生を追ったドキュメンタリー作品として見ると、本作は、テイラーの豊かな才能と努力に裏打ちされた輝かしい軌跡と、その裏で常に障壁になっていた内面での葛藤、そして新たな自分自身への成長の様子を迫真性をもって描いた良作と言えると思います。

この作品を観た直後、テイラーと同い年の日本のスター、三浦春馬さんの訃報に接しました。彼もまた、世間から求められるものと自分の内なる声との乖離に苦しんでいたようです。光の強いところに深い影が刺すのは避けられないこと。自分の外面的なイメージと内面の素のままの自分との間の隔たりに直面して、どのような人生の選択をするのか、絶対的な正解などありません。本作も一つの例を示しているにすぎませんが、それでも、人生の袋小路に入り込んでいる人にとって何かしらヒントとなるものを提供してくれるような気がします。