山猫が見た世界

生息地域:東京、推定年齢:40歳前後、性別:オス

映画:「ベイビー・ブローカー」

活躍の舞台が日本に留まらなくなっている是枝裕和監督。最新作「ベイビー・ブローカー」は、韓国映画です。

赤ちゃんポストに捨てられた乳児を売買しようとする者たちのやり取りを主軸として、血のつながらない者が集まった疑似家族の中に生まれる家族模様を描いたもの。現在社会の闇の部分に存在する社会問題をテーマにしつつも、そこに鋭く切り込むシリアスドラマというものではなく、ロードムービーやサスペンス的な要素もあり、どこかユーモラスな雰囲気もあったりして、是枝監督らしい多層的・多義的な作りになっています。

各方面で絶賛されているとおり、俳優陣の演技は圧巻です。疑似家族の家長的なキャラクターを演じるソン・ガンホの、仏頂面のように見えて確かに内面の感情が読み取れる表情の動かし方。それを追う女性刑事役を演じるぺ・ドゥナの、情念溢れる仕草。確かな演技によって形作られた「こういう人間が、今、ここに生きているのだ」という迫真性のある人物像が、断片的にしか語られないストーリーに重厚な深みをもたらしていることは間違いありません。

作中では、登場人物たちが苛まれている閉塞感を象徴するように、車の中、電車の中、ホテルの部屋、観覧車のゴンドラと、狭い空間の中で会話が交わされるシーンが続きます。そして、静かな会話の後の、長い沈黙。光と影が入り混じる繊細な色彩の風景を背にして、複雑に揺れ動く人間の感情が、美しく細やかに結晶化されて画面に映し出されます。特に、夕暮れの観覧車のシーンは、この世のものとは思えない切ない美しいを醸し出していて、この場面を見るだけでも本作を見る価値があること請け合いです。

是枝監督は、作品のテーマに関して徹底的に取材を行ってそこからシナリオの着想を得ると言う手法を採用しており、この作品でも、赤ちゃんポストに捨てられて育った人たちのインタビューを繰り返した末にシナリオを書き上げたそうです。なんと、警察での取り調べシーンが存在しないにもかかわらず、警察で逮捕された場合に作成される供述調書(※)をわざわざ用意して、それを俳優陣に脚本に加えて渡したとのこと。こうして作品を作る以前に土台となる設定の部分を徹底的に、しかも極めて独創的な方法で、精緻に作り込むことで、その上に言わば「結晶」としての本作を浮き上がらせているのですね。うーん、素晴らしい・・・!

※ 警察で作成される供述調書には、取調べ対象者(被疑者や参考人)が語った自分の生い立ち、日ごろの生活状況、自分の言動の傾向、事件との関わりや事件を起こした原因、今後の改善策などが一人称で物語的に記載される。言わば、自分で自分の半生を総括した自伝的なもの。