山猫が見た世界

生息地域:東京、推定年齢:40歳前後、性別:オス

映画:「すずめの戸締り」

説明不要の新海誠監督の最新作。「君の名は」(2016年)、「天気の子」(2019年)に続いて、本作も公開初日に鑑賞してきました。公開初日鑑賞は、自分にとっては、作品に対しての敬意を形にしたり手段公開を待ちわびていた間の期待や不安を昇華させたりする一種の儀式的な意味合いを持つものだったりします。

災いを巻き起こす「扉」を閉める「閉じ師」の草太と、その「閉じ師」の資質を持つ鈴芽が、開いてしまった扉を締めるため、そして、草太にかけられた呪いを解くために日本縦断の旅をする物語。設定とストーリー展開は強引そのものですが、それが気にならないほど早いテンポで話が進んでいき、視聴者をぐいぐいと作品の世界観に引き込んでいきます。

ヒロインの鈴芽は、最初は好奇心が旺盛である点以外は平凡に映るのですが、話が進むにつれて、震災で実母を失った喪失感や、その後の辛い境遇によって獲得してしまった特殊な生死感に苛まれているということが明らかになっていきます。日本の至る所に「扉」が開く要所があり、その「扉」が開ききって邪悪なものが噴出すると地震が起きる。それを阻止するためには、周囲に残る人の情念に耳を傾けて「扉」を閉めなければならない。事前には公にされていなかった本作の主題、2011年の東日本大震災についての描写が徐々に増えていき、核心に近付いていきます。

「君の名は」以降の新海監督は、天災に対する人間の無力さというものを様々な形で描こうとしており、本作もその延長線上にあると言えます。ただ、本作には是枝監督の「ベイビー・プローカー」にも似た、今までに無いロードムービーとしての要素が取り入れられており、エンターテイメントとしての枠組みを広げていこうという意欲が感じられます。個人的には、この新機軸の路線をどんどん拡大していって、国や時間軸の幅をうんと広げた世界観の作品を作って欲しいと思っています。

映像と音楽は安定のクオリティ。過去作品と比べると過剰な演出を敢えて控えてうまく抑揚を利かせた感じになっています。前作「天気の子」でも驚かされたキャラクターのモーションは、更に滑らかで迫力がある動きが表現されていて、人手による作画の工夫だけでは到達できないレベルのリアリティを感じました。モーションキャプチャを使っているのかどうか、調べた限りではわからかなったのですが、とにかく通常のアニメーション作品とは全然違うレベルの動きが表現されていることは一目瞭然です。

いろいろな要素を詰め込み過ぎていて一貫性に欠けるという意見もあるようですが、私はあまりそのような点は気にならず、作品全体としての熱量の大きさ、エンターテイメントとしての面白さを十分に堪能することができました。7歳の娘を連れて二度目の鑑賞に行ったところ、ちゃんと涙を流して心を動かされており、鑑賞後には「よくわらなかったけど面白かった!」と言っていました。このざっくりとした感想を聞いて、図らずも良い映画というものの本質を突いてるなあと感心しつつ、映画館を後にしました。