山猫が見た世界

生息地域:東京、推定年齢:40歳前後、性別:オス

映画:「ジョーカー(Joker)」


バットマンBatman)の最大のライバル、ジョーカー(Joker)。本作は、社会の片隅でひっそりと生きていた男が狂気の犯罪者になるまでを追う物語です。バットマンシリーズのような派手なアクションや格好良い最新メカは全く登場せず、ほぼ前編が、主人公であるジョーカーの顔や姿態を写す映像で作られています。過剰な演出も無く、客観的な説明が無いまま淡々と一人称の物語が進んでいくので、見る人によって捉え方が大きく異なってくるのではないかと思います。

実際、ジョーカーの悲惨な境遇に同情して辛くなったという感想も耳にするところですが、私は反対に、ひたすら醜態を晒し続ける薄気味悪い男に全く同情の余地は無いと感じました。何しろ、全てが自業自得なのですから。ただ、ジョーカーの身に降りかかる様々なできごとをトレースしているうちに不思議と彼の暗黒面での成長を応援したくなってきて、クライマックスのシーンでは、ある種の達成感とともに「良くやった!」と賛辞を送りたい気持ちになりました。周囲に対する悪意と憎悪を増幅させていった男が、妄想と狂気に支配されて別の人格を獲得していくという、シニカルな成長物語なのだと受け止めました。

ところで、「ダークナイト(The Dark Knight)」のジョーカーは、ニヒルさを突き詰めた狂気の中にも知性やクールさといった要素も兼ね備えていて、自らを「必要悪」として完全に正当化し、圧倒的な存在感を放っていました。一方、本作のジョーカーはと言うと、自分が何者かというアイデンティティの問題で袋小路に入り込んでいて、最終的に社会のシステムに対して反旗を翻すことになっても、まだ迷いから完全には脱却できていない様子です。本物のジョーカーになるまでには、負の階段をさらにまた何段か下りなければなりません。このあたりの経緯については、続編が期待できそうですね。


主演のホワキン・フェニックス(Joaquin Phoenix)は、見た人を直ちに不快にさせるようなジョーカーの薄気味悪さ、興奮すると場所をわきまえず踊ってしまったりする悪趣味さ(悪趣味というよりも一種の病気なのですが)を見事に表現していて、これが本作の大ヒットを支えていることは間違いないでしょう。リヴァー・フェニックスRiver Phoenix)やヒース・レジャー(Heath Ledger)は、この世の向こう側で本作を見て拍手喝采しているか、または、嫉妬の炎を燃やしているでしょう。