山猫が見た世界

生息地域:東京、推定年齢:40歳前後、性別:オス

映画:「ラストレター」

 
2020年最初に鑑賞したのは、岩井俊二監督の最新作。岩井監督本人の説明を借りると、自身の代表作である「Love Letter」をモチーフにしつつも、「スマホ全盛の現代にあって手紙をテーマにするアイデア」の着想を得たことから、現代風の完全なる新しい物語として作ったという作品です。

私の岩井監督に対する印象は、ずばり、映像作品を作るために必要なあらゆる才能を身に着けて生まれてきた本物の天才。岩井監督の作品は、ちょっとした場面の描写でも、そこに流れる風のそよぎや漂っている匂いが伝わってくる感じがして、言うなれば、現実そのものよりも現実的なのですね。それでいて、物語はいつもどこか非現実的な要素が含まれていて、視聴者の予想を良い意味で裏切るように展開していく。そして、人の繊細な心の動きを切れ味鋭いナイフのように切り取って、純粋な心の美しさも醜い狂気も、変幻自在に視聴者に突き付けて見せる。

本作でも、そんな岩井節のエスプリが遺憾なく発揮されています。多少、設定や展開に不自然さを感じる点があるのもご愛敬。全編を通して、手紙のやりとりから生まれる様々な人間関係の交錯が、幻想的な映像の中で鮮やかに描かれています。そこに出てくる手紙の文面もとても奥ゆかしく、SNSやメールでは代替できない良い意味での雑味のある表現が、スマホに慣れきってしまった私たちの心にじわっと染みてきます。

そして、タイトルが暗示する「最後の手紙」が明らかされるラストシーン。手紙でしか伝えられないメッセージというものが確かにあるのだということが、圧倒的な説得力で画面から伝わってきて圧巻の一言でした。一通の手紙によって果たされた時空と越えた心の交流を目にして、悲しいような幸せなような表現しがたい感情で胸がいっぱいになりました。

主人公の二人を演じるのは、松たか子さんと福山雅治さん。彼らの学生時代を演じるのが、広瀬すずさんと神木隆之介さん。今の日本映画でこれ以上贅沢な配役は考えられないというほどの豪華メンバーです。彼らの演技が盤石であるのは言うまでもないのですが、ここに割って入って同等以上の存在感を発揮しているのが、撮影当時まだデビューしたばかりだったという森七菜さん。作品の意図を的確に汲み取り、かつ、それをもう一段上のものに昇華させる演技を披露していました。ふわふわとした雰囲気の漂うエンディングテーマも、彼女が歌っていると知って二重にびっくり。末恐ろしい才能です。

主演の二人が自分たちの過去について打ち明ける背後で、ひぐらしのカナカナカナという物悲しい鳴き声が静かに響き続けているという印象的なシーンがあります。以前、マーティン・スコセッシ(Martin Scorsese)監督の「沈黙 -サイレンス-」(2016年、米国)を観たときに、舞台が日本という設定なのにエンディングロールで流れる虫のさえずりが全然日本的でなく、一気に興ざめしてしまったことがありました(撮影地である台湾で収音したのだと思います)。本作はこれとは全く正反対に、ひぐらしの音色が物語の舞台となっている仙台の風景とよく調和していて、とても情緒的に感じました。おそらく、ちゃんと仙台で収音したものを使っているのでしょう。

新年早々、映画の素晴らしさを堪能させてくれる作品と出会ってしまいました。さて、今年はあとどれだけ良い作品と出会うことができるでしょうか。